
生活保護受給者から「引越したい」と相談を受けたとき、「このケースは認められるのか」「費用は出るのか」と判断に迷う場面は少なくありません。
生活保護の引越しには、厚生労働省の実施要領で整理された18の事由が存在します。各条件を正確に押さえておけば、自己都合・県外転居・2回目以降の申請といった迷いやすいケースでも対応方針を素早く判断できます。
この記事では、福祉事務所の担当者が現場で参照できるよう、18の条件をケース別に整理しました。自治体をまたぐ移管手続き、診断書が必要になる場面、業者選定の実務ポイントまで一通り解説していきます。
生活保護受給者の引っ越しは「許可制」まず知っておくべき基本ルール

生活保護受給者の引越しは、原則として「事前許可制」です。許可なく引越しを進めると、本来支給されるはずの転居費用が出ないだけでなく、保護の停止・廃止につながる可能性もあります。
引越し自体は自由だが、費用支給には事前許可が必須
生活保護法上、受給者の居住地を強制的に固定する規定はありません。日本国憲法で居住・移転の自由が保障されているため、引越し自体は受給者の意思で行えます。
ただし、引越しにかかる費用(敷金・礼金・仲介手数料・引越し業者費用など)を住宅扶助・転居費として支給するかどうかは別問題です。費用支給を受けるには後述する18の事由のいずれかに該当する必要があり、福祉事務所の事前許可が前提となります。
ケースワーカーへの事前相談が大前提になる理由
生活保護受給者から引越し相談を受けた場合、ケースワーカーが事前に状況を把握する必要があるのは、以下の3点を確認するためです。
- 転居理由が18の事由に該当するかの判定
- 転居先の家賃が住宅扶助上限の範囲内に収まるかの確認
- 転居後の生活設計(通院・就労・支援関係)が成り立つかどうかの見通し
事前相談なしに物件契約・業者契約まで進んでしまうと、「事後審査では費用支給は不可」と判断されるケースが多くあります。相談時点で「契約はまだしないでください」と伝えることが実務上の鉄則です。
無断で引越した場合のリスク
- 転居費用は原則として支給されない
- 新居の家賃が住宅扶助上限を超えていた場合、超過分は受給者の自己負担となる
- 新住所が管轄外の自治体だった場合、保護の継続可否を改めて審査する必要が生じる
- 最悪の場合は保護費返還の対象になることもある
引っ越し費用が支給される18の条件一覧

生活保護受給者の引越し費用が支給されるのは、厚生労働省「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」第7問30で整理された18の事由のいずれかに該当する場合です。
現場で判断しやすいよう、4つのカテゴリに分けて整理します。
【出典】厚生労働省「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて(昭和38年4月1日社保第34号)第7問30」
「住む場所がない・失う」ケース(退院・施設退所・火災など)
物理的な帰住先がなく転居の必要性が明白なため、許可も下りやすいカテゴリです。該当事由(6つ):入院患者の退院、施設退所、災害による住居喪失、法律にもとづく強制立退き、施設処遇方針による退所と居宅移行、仮住まいから本格的な居宅生活への移行。
住居喪失と転居必要性を示す客観資料(退院証明・り災証明・施設の退所通知など)をそろえることで、可否判定がスムーズに進みます。
「今の住居に住み続けられない」ケース(立ち退き・老朽化・家賃オーバーなど)
現住居に物理的・契約的に住み続けられない場合に該当する事由(5つ):土地収用法等にもとづく強制立退き、家屋の老朽・破損による居住困難、正当な事由にもとづく明渡し請求・契約更新拒絶、社宅・寮からの退去、家賃が住宅扶助の特別基準額を超過しているための低額物件への転居。
立退きの場合は、貸主からの通知書面・取り壊し計画書などの客観資料を必ず添付させてください。
「生活状況の改善が必要」ケース(通勤困難・療養環境・介護など)
現住居に住み続けることで就労・健康・福祉・自立助長の維持が困難になる場合の事由(5つ):就労場所から遠距離で通勤が著しく困難、世帯人員に対して著しく狭隘、病気療養・身体障害で現住居の構造が不適、扶養義務者近隣への転居(介護目的)、グループホーム・有料老人ホーム等への入居。
このカテゴリは、医師の診断書や地域包括支援センター・介護支援専門員の意見書、勤務先の証明書類など、第三者の客観資料が判定の根拠になります。書類準備の段取りを早めに案内することが実務上の鍵です。
「社会的事情による転居」ケース(婚姻解消・DV避難など)
家庭内の状況変化や社会的トラブルにより転居の必要性が生じる場合の事由(2つ):離婚・婚姻解消等による世帯分離、犯罪等被害・DV避難のための転居。
DV等の避難事案は緊急性が極めて高いため、許可・支給決定の手続きも迅速に進める必要があります。担当者単独で抱え込まず、必ず福祉事務所内・関係機関と連携してください。
担当者が迷いやすいケース別・条件の判断ポイント

18の事由はおおむね類型化されているものの、現場では「これは該当するのか?」と判断に迷うケースが頻発します。よくある4つのケースについて、判断ポイントを整理します。
自己都合での引越し希望、費用支給の可否と対応方針
「もっと環境のいい家に住みたい」「近所の人とトラブルがあった」など、純粋な自己都合の引越し希望は、原則として18の事由に該当しません。この場合、引越し費用は支給対象外となります。
ただし、近隣トラブルが受給者の精神状態や生活維持に深刻な影響を及ぼしている場合は、医師の意見書・トラブル経緯の客観資料を踏まえて「療養環境の不適切性」として再整理できる可能性があります。簡単に「該当しません」で打ち切らず、本人の生活実態を丁寧にヒアリングすることが適切な判定につながります。
県外・市外への転居と「移管」手続きの注意点
転居先が現在の保護実施機関の管轄外にまたがる場合、保護の「移管」手続きが必要になります。
- 転居先の自治体の福祉事務所に対して、新規の保護申請を行う(実態は保護の引継ぎ)
- 移管手続きの完了までには、自治体間の協議・資料引継ぎを含めて2〜3か月かかることがある
- 受給者本人には「新住所での保護申請を必ず行ってください」「無断転居で保護が中断します」の2点を書面でも案内する
2回目以降の引越し申請は認められるか
原則として、2回目以降の引越し申請も18の事由に該当すれば認められます。ただし、判定はより慎重になります。前回の転居理由と今回の転居理由が同じ場合、自治体側は「前回の物件選定が適切だったか」を改めて検証することがあります。短期間(数年以内)での再転居では、本人の生活設計や物件選定能力に課題がある可能性も視野に入れた支援計画の見直しが必要です。
診断書・転居理由の証明書類が必要になる場面
| 転居理由 | 必要書類 |
|---|---|
| 療養環境・身体障害・介護 | 医師の診断書(病名・症状・転居の必要性・住環境を明記) |
| 立ち退き | 貸主からの通知書面、取り壊し計画書、裁判所の判決文 |
| 災害 | り災証明書 |
| DV避難・犯罪等被害 | 警察相談記録・保護命令・配偶者暴力相談支援センターの相談票 |
| 退院・施設退所 | 医療機関・施設発行の退院(退所)証明書 |
| 通勤困難 | 勤務先の所在地・通勤時間・通勤手段がわかる証明書類 |
書類が不十分なまま判定に進むと、可否決定が遅れたり差し戻しになったりします。相談初期の段階で「必要書類の一覧」を本人に渡し、収集方法も具体的に案内するのが現場の鉄則です。
生活保護受給者の引越しにおける手続きの流れ

ステップ①:福祉事務所への事前相談と許可取得
受給者から「引越したい」という相談が入った時点で、ケースワーカーは以下を確認します。転居理由のヒアリング、18の事由への該当性の仮判定、必要書類のリストアップ、転居先エリアの希望と目処、転居予定時期の確認です。本人への許可通知は口頭ではなく、必ず書面で行うのが望ましい運用です。
ステップ②:物件探しと家賃の上限確認
許可が下りたら、本人が転居先候補の物件を探します。物件選定では「住宅扶助の特別基準額(家賃上限)」を超えないことが必須条件です。担当する自治体の最新の基準額表を本人に渡しておくと、物件選定がスムーズです。
【参照】厚生労働省「2025(令和7)年4月1日施行 生活保護実施要領等」
ステップ③:引越し業者の選定と見積もり取得(3社比較が原則)
引越し費用の支給では、原則として3社以上の業者から見積もりを取得し、最も安い見積額を支給額とする運用が一般的です。
- 引越し荷物量・搬出搬入条件(階段・エレベーター有無)・希望日を統一し、複数業者に同一条件で見積もりを依頼する
- 各業者から見積書を入手し、ケースワーカーに提出してもらう
- 担当者は3社の見積もりを比較し、最も安い業者で契約するよう本人に指示する
ステップ④:転居後の報告・市外移管の手続き
転居完了後は、本人から転居完了日・新住所・引越し費用の精算明細・転居元の解約・退去手続きの完了状況の報告を受けます。転居先が管轄外の自治体である場合は、新住所地の福祉事務所での保護申請を本人と一緒に進め、関係書類を引き継ぎます。
生活保護の引っ越し条件でよくある質問

Q. 条件を満たさない理由での引越しは一切費用が出ないのか?
18の事由に該当しない、純粋な自己都合の引越しは、原則として費用支給の対象外です。引越し業者費用・敷金・礼金・仲介手数料はすべて自己負担となります。ただし、相談初期では「自己都合に見えるケース」が、実は療養環境・近隣トラブル・家賃オーバー等の事由に再整理できる可能性が残されていることもあります。簡単に「該当しません」で打ち切らず、本人の生活実態を丁寧にヒアリングすることが、適切な判定につながります。
Q. 県外に引越しした場合、生活保護はどうなるのか?
県外への転居では、転居先自治体の福祉事務所で改めて保護申請(移管手続き)を行います。手続き上は新規申請ですが、現に保護を受けている事実が引き継がれるため、保護の中断は通常発生しません。支給額は転居先の地域の級地区分・物価水準にもとづいて再計算されるため、現在の支給額と異なる場合があります。
Q. 家賃が住宅扶助の上限を超えた場合、必ず引越さないといけないのか?
生活保護法第27条にもとづき「指導・指示は、被保護者の意に反して強制し得るものと解釈してはならない」と定められています。上限超過分を本人の生活費(生活扶助分)から自己負担する形であれば、現住居に住み続ける選択も可能です。ただし生活費が圧迫されるため、長期的な生活維持の観点から転居指導に応じる方が望ましいケースが多いのも事実です。
Q. 生活保護受給者の退去費用・クリーニング代は?
退去時のクリーニング代・原状回復費用は原則として自己負担です。詳しくは 生活保護受給者の退去費用・クリーニング代は支給される?原状回復の正しい知識と対処法 で解説しています。
生活保護の引っ越し条件・手続きについてまとめ
- 引越し自体は本人の自由だが、費用支給には事前許可が必須
- 18の事由は「住居喪失」「住み続けられない」「生活改善」「社会的事情」の4カテゴリで整理できる
- 自己都合・県外転居・2回目申請といった迷いやすいケースは、客観資料を踏まえて慎重に判定する
- 手続きは「事前相談・物件探し・3社見積もり・転居後報告」の4ステップで進める
- 業者選定では、即日対応・ゴミ屋敷対応・福祉案件実績が重要な観点
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※本記事は一般的な情報提供を目的としています。実際の支給可否・手続き内容は、各自治体の運用方針および個別ケースの状況により異なります。最終判断は所属の福祉事務所内の協議および関係法令にもとづいて行ってください。

